InfoDeliverスペシャル鼎談企画「保険業界のAI革命!業務特化型AIがもたらす保険金算定の未来」 part2
公開日:2024.12.26
目次
part1では、火災保険金査定において、請求業務が集中する状況の中でも、保険契約者への迅速な保険金支払いを実現するため、業務効率化の重要性が一層高まっている現状について触れました。こうした中、保険業界の新たな可能性を切り開く「AI火災保険金算定システム」を提供するInfodeliverの取り組みをご紹介しました。
火災保険金査定システムの導入が注目される中、保険業界のAI活用はさらに進化を遂げています。part2では、AIがどのように保険業務を変革し、未来の課題解決に役立つのか、専門家たちの見解を基にその可能性を探ります。
安定したレガシーシステムと現代AIの利点
千里:AIを活用するにあたり、通常のアプローチとAIアプローチの双方の特徴を踏まえることが重要です。通常のアプローチでは、80%から90%の安定した精度で結果を得ることができます。
一方、AIアプローチでは、時折100%に近い非常に優れた結果を出すことがある一方で、時には非常に悪い結果を出す場合もあります。
こうした特徴を踏まえ、私たちはAIの成果を的確に判断できるシステムを構築しました。両アプローチの優位性を活かしながら、課題を克服することを目指しています。
王准教授:システムとは何を指していますか?レガシーシステムのことですか?
千里: はい、レガシーシステムのことです。
王准教授:2000年代に開発され、長年使用されてきたシステムですね。
千里: そのとおりです。表の構造を認識できるようになったのは、わずか2~3年前からです。
王准教授:このレガシーシステムではAIを使用していないのですか?
千里:AIは使用していません。ただし、ディープラーニング技術は活用されています。現在の生成AIとは異なるディープラーニング技術です。
王准教授:つまり、ChatGPTのような生成AIではないということですね?
千里:おっしゃるとおりです。
王准教授:それでも、90%の正確さは達成できるのですね?
千里:はい、ほぼそれくらいの精度です。
王准教授:それほど高精度ならば、なぜ顧客は現代のAIシステムを求め続けるのでしょうか?
千里:現代のAIシステム、特にOpenAIの技術は、非常に高い正確性を提供できるからです。
王准教授:従来のシステムよりも精度が高いということですね。しかし、従来のシステムもロジカルであると?
千里: はい。ディープラーニングを使用しているレガシーシステムは非常に安定しています。例えば、複数の表がある場合でも、その構造を一貫して認識することが可能です。
千里:ただし、細かい部分で誤りが生じることがあります。一方で、OpenAIは非常に優れた結果を出すことがありますが、結果が必ずしも正確とは限らない場合もあります。
王准教授:OpenAIは、結果が説明できない場合があるのに対し、従来のシステムでは結果に説明がつく、ということですね?
千里: そのとおりです。
精度向上を目指して進化する技術
王准教授:旧システムは画像セグメンテーションに基づいており、表の位置を特定できるということですか?
千里:はい。表の位置や構造を認識した後、項目名や数量を確認し、正しい項目であることをチェックする必要があります。これが次の課題です。
千里:また、出力結果の精度を高める必要があります。現在のシステムの精度は約90%ですが、将来的には95%以上を目指しています。
王准教授:精度向上にはドメイン知識の統合が重要ですね。例えば、正確な位置情報を活用してAIの出力を検証する方法が考えられます。
具体的には、表の位置情報が非常に正確であれば、その情報を「サンドボックス」のように利用し、AIの結果を確認・フィルタリングする仕組みを構築できます。この方法なら、信頼性の高い基準でAIの出力を判断できます。
千里:ただし、現在のAIのアプローチはそれとは異なります。
王准教授:AIは「この情報をここから取得した」とは示さないのですね?
千里:そうです。AIは位置情報を出力しません。AIの出力は非常にシンプルで、例えば「請求書にいくつのアイテムがあるか」「請求金額や番号は何か」といった結果のみを提供します。XY座標の情報は含まれていません。
位置情報を活用しようと試みたこともありますが、結果はランダムなものが多く、うまくいきませんでした。
王准教授:それなら、入力データを工夫してみてはどうでしょう?例えば、画像をそのままAIに渡すのではなく、表やエントリーの位置情報を含めて入力する方法です。信頼できる情報をAIに提供すれば、精度向上につながるかもしれません。
千里: いくつかの方法を試しましたが、期待した結果は得られませんでした。例えば、OpenAIに完全な詳細情報を入力する方法や、表の構造をシンプルにまとめて入力する方法、さらには位置情報を自然言語で記述して入力する方法です。
その中で最も良い結果が得られたのは、自然言語を使用する方法でした。単に言葉で説明を入力するだけで、OpenAIはその構造や意味を理解し、結果を出してくれます。非常に興味深い成果です。
例えば「4冊の本があり、それぞれにページ数、サイズ、価格が記載されている」という説明を入力すると、OpenAIはパターンを認識して適切に処理します。ただし、問題は入力データが必ずしも規則的なパターンではない点です。
王准教授:つまり、データが画像内の情報ということですか?
千里:はい。人間が記載する情報はすべてが体系化されているわけではなく、不規則なものが多いため誤りが生じることがあります。
それでも、OpenAIや他の生成AI、従来の表認識システムを組み合わせることで、結果は以前より大幅に改善されました。
王准教授:それでも精度が99%には達していませんね?
千里:現状では99%は非常に難しい目標です。
川村教授:どのくらいの精度であれば十分だと考えていますか?100%の精度は理想ですが、達成は困難ですよね。
千里:そうですね。100%は非常に高いハードルです。
効率化の裏に残る手作業の壁
川村教授:十分な精度というのはどれくらいだとお考えですか?
千里:それは、保険会社の専門家とどれだけ協力できるかに依存します。現在、システムを使用している保険会社からは高く評価されています。現状の精度で十分満足しており、協力関係を続けています。
このシステムによって効率は向上していますが、依然として最終確認を行う担当者は多く、全体の約10%は最初から手作業で行わなければなりません。したがって、精度の向上が必要です。
千里:また、ワークフロー全体を調整することも求められています。精度を高めることで作業人数を削減し、効率をさらに向上させられるかもしれません。
王准教授:川村教授の質問に答えるなら、精度は80%ほどでしょうか?
千里:85%ですね。
王准教授:もし制度が99.9%に達した場合、顧客にとって大きな違いが生まれるのでしょうか?それとも99%でも受け入れられるのでしょうか?
千里:100%なら全く異なりますが、90%や95%でも違いを生みます。
王准教授:なるほど、理解しました。もしユーザーが満足できない場合、アルゴリズムに変更を加える必要がありますね。私が考えているのは、トランスフォーマーモデルです。生成AIでは広く使用されています。
生成AIは、キーとクエリを基に異なる知識を結びつけます。生成の品質はここで決まります。キーやバリュー生成に情報を追加することが精度向上につながるかもしれません。
例えば、キーやバリューには、情報を取得した場所や表の形といった位置情報を含めるべきです。この情報を加えることで、精度が5%向上する可能性があります。試してみてください。
千里:そうですね。特に典型的な請求書や画像の場合、99%の精度を達成できています。現在でも、位置情報をほぼ自動生成でき、精度はほぼ100%に近いです。
王准教授:この知識を活用しない手はありませんね。
千里:興味深いアプローチですが、これは深い議論になりますね。別の機会に改めてお話ししたいです。
画像認識と不正検出で変わる保険業界の未来
千里:現在、このシステムは他の保険業務にも展開を進めています。保険業界のお客様が抱える課題を解決するために、AIをどのように活用できるか、ぜひ皆様のアイデアやご意見をお聞かせください。
王准教授:保険業界がAIに期待することは多岐にわたります。例えば、保険契約設計における利益率向上のためのスキーム設計は大きな分野ですが、これは書類処理とは少し離れているかもしれません。
書類処理に関しては、即時性が求められる場面でAIが役立ちます。例えば、画像認識を使って算定プロセスをサポートする方法が考えられます。画像認識技術を活用して算定業務を補完できる方法を模索することが重要だと思います。
それから、不正検出についてもAIが活用できる可能性があります。テキスト解析が主に必要となるかもしれませんが、画像データも役立つ可能性があります。現時点で私が考えるアイデアはこんなところです。
千里:すでに不正検出の仕組みを取り入れています。入力データは何千件もあり、一部入力に問題があるものもありますが、これらのデータを収集してパターンを作成すれば、新たに不正な請求書が来た場合でもそのパターンを使って検知することができます。
王准教授:フラグを立てるのですね。
千里:そのとおりです。
中国と日本、異なる保険処理の現状
千里:(川村教授に向かって)このようなAI活用について、何かコメントはありますか?川村教授はこういった活用方法に非常に詳しいと思うので、ぜひお聞きしたいです。
川村教授:このシステムは火災保険向けのものですよね?
千里:はい。
川村教授:例えば、自動車保険でも同じような問題があるかもしれませんね。
千里:自動車保険は火災保険よりも少し簡単だと思います。中国では、自動車保険の処理が非常に迅速で、1〜2時間以内に支払いが行われることもあります。そのプロセスには、生成AIではなく、ディープラーニングが使われているようです。
中国でのシステムは2〜3年前から稼働していると聞いています。車の損傷ラベルが付いたさまざまな画像が取り込まれており、損傷画像とラベルがあれば、処理はとても簡単です。だから、自動車保険の処理は比較的簡単だと思っています。
王准教授:全損か50%の損害かをラベル付けするのは簡単ですからね。
千里:ただ、日本は中国とは状況が少し異なると思います。中国では通常、写真を撮るだけで説明文がないことが多いのですが、日本では保険会社と既に協力しており、どのような損害や事故が発生したかについて記述があります。
そのため、画像認識と生成AI技術を組み合わせて活用します。画像認識だけでは特定の物体やエリアを識別するだけですが、すべての画像にラベルを付け、記述が加わることで、生成AIが以前よりも大幅に進化しており、事象の内容を簡単に理解できるようになっています。
これにより、パターンを作成し、異なる事故に応じたプロセスを設定することが可能です。2つの技術を組み合わせることで、自動車保険向けの新しいプロセスを構築できると考えています。
AIで進化する健康保険の未来
川村教授:健康保険についてはどうですか?
千里:健康保険では、病気や医師の診断などが関わってきます。この分野にも取り組んでいますが、健康保険の件数は住宅保険とは比べ物にならないほど多く、かなり異なる面があります。保険会社ではすでに非常に詳細なプロセスが社内で整備されていますね。
例えば、すべての病気にIDが割り当てられています。頭痛はID 1、足の骨折はID 101といった具合に、全ての病気にはラベルとIDが付けられているんです。
IDが1つなら単純ですが、2つや3つになると分類作業が必要です。その後、医師の説明を読み解いて、文書の内容を把握することが求められます。
王准教授:医師の説明を理解する必要があるんですね。医師はこれらの番号を直接記載するわけではなく「足が非常に痛い」といった症状を記載し、それをもとに101や102といったIDを割り当てるんですね。
千里:はい、病気や問題が1つだけの場合でも、医師からは複数の説明や症状が提供されることがあります。保険会社はこれらすべての詳細を理解しなければなりません。
王准教授:つまり、文章を読む人にも医学的な知識が必要、ということですね。
千里:その通りです。しかし、これは非常に興味深く、価値のあるプロセスです。AIはこれらの説明をある程度理解できます。3~5年前は、説明文のパターンやキーワードしか扱えなかったので、非常に単純なものでしたが、現在ではAIが大幅に進化し、より深く理解できるようになっています。
王准教授:例えば「broken」という単語が出てこなくても「足が折れている」という内容を要約してくれるわけですね。
千里:その通りです。
王准教授:生成AIは単語を高次元のベクトル空間にベクトル化します。このベクトル空間から、単一の意味を抽出することができるんですよね。
最も簡単な方法は、両方の表の位置情報を活用することだと思います。
千里:その通りです。これはもっと深い話になりますね。私たちはすでにいくつかの方法を試していますが、今後もさらに実験を行っていきたいと考えています。
今日は、保険・金融業界における特化型AIの可能性について、たいへん有意義な議論をしていただきました。
川村先生、王先生、本日はありがとうございました。
〈終〉
※本鼎談は2024年11月に英語で実施されたものを日本語に翻訳した内容です。そのため、発言内容の一部は翻訳上のニュアンスの違いが含まれる場合があります。予めご了承ください。
鼎談者プロフィール
北海道大学 教授
川村 秀憲
(カワムラ ヒデノリ)
北海道大学大学院情報科学研究院 情報理工学部門複合情報工学分野 調和系工学研究室 教授。AI研究と産業応用、ロボティクス、ディープラーニングの分野で活躍し、学術と産業をつなぐプロジェクトを多数主導。北海道大学で博士号を取得後、准教授を経て現職に就任。AIを用いたデータ解析や人間との共生を目指した技術開発に注力。著書には『AI知能が俳句を詠む』『10年後のハローワーク』『ChatGPTの先に待っている世界』など多数あり、国内外で評価されている。
香港理工大学 准教授
王 啓新 / Qixin Wan
(ワン・チーシン)
香港理工大学准教授。サイバーフィジカルシステム(CPS)やリアルタイムネットワーキング、ワイヤレスセンサーネットワークを専門とし、産業制御やヘルスケアなど幅広い分野に影響を与える実用的な応用に取り組む。清華大学でコンピューターサイエンスの学士・修士号を、イリノイ大学で博士号を取得。特にQoSやリアルタイム通信の分野で顕著な研究成果を挙げる。
InfoDeliver取締役副社長 CTO
千里 智傑
(センリ トモタカ)
InfoDeliver 取締役副社長 CTO。東京工業大学卒業後、大手メーカーで画像技術を研究。その後、InfoDeliver設立に参画し、PDFエンジンや認知症予防アプリ、AI保険金算定システムなど幅広いシステム開発を手掛ける。